未来のなかの過去

建築は、文字や数字に還元されない経験の蓄積である。かつてそれをつくるときには、それがどのように使われるかが想定されていた。それは、いわば「過去のなかの未来」を前提とする。それを使いつづけた現在にとっては、そこでなにをしてきたのかが積層されつづける。それは、いわば「現在のなかの過去」の積み重ねである。歴史学は、やがてくる未来のために過去を残そうとする「未来のなかの過去」にむけた視点をもっている。この視点に沿うならば、建築は未来において過去を雄弁に語る標本のように思われるが、そうではない。歴史家E.H.カーの「未来だけが過去を解釈する鍵を与えてくれる」という言葉は、未来への鋭敏な感覚こそが過去をみる眼の更新をもたらすことを示しているからだ。建築の未来を考えることは、すなわち建築の過去を見る眼をアップデートすることに他ならないのである。

岸 佑

国際基督教大学アジア文化研究所
専門分野|歴史
活動地|東京
生まれ|1980

[現在のプロジェクト]

私は現在、ICUのアジア文化研究所でICUキャンパスの設計・計画思想と具体的な史的形成過程について調査している。終戦に起源をもつICUのキャンパスは、その始まりの段階からW.M.ヴォーリズが既存施設のコンバージョンを行っていた。キャンパス内の施設配置計画の策定段階においては、16世紀から残存する地勢との調和が意識され、従前する自然環境の保全が図られている。その一方で、その後のキャンパス計画は、理想とすべき大学像と現実的なビジョンとの差異がもたらしたさまざな与条件によって生々流転していった。以上のような一連の過程は、実現しなかったユートピア的過去の積層とみなすのではなく、むしろ「未来のなかの過去」という視点から再解釈することによって、新しい知見と可能性を発見できるのではないだろうか。本研究所主催で今秋行うシンポジウム「ヴォーリズの夢:平和と大学」は、そのような企図に基づき、教育的理念の空間的表象とその読解を試みるひとつのアクティビティである。


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