Session03 – デジタル技術がどのように設計のコミュニケーションを変えるか? –

2016 シミュレーションデジタル化参加

日時:2016/10/8 15:30〜16:30
会場:建築会館ホール、他
テーマ:デジタル技術がどのように設計のコミュニケーションを変えるか?
ゲストコメンテーター:山梨知彦|日建設計、饗庭伸|首都大学東京
登壇者:浜田晶則、増田忠史、谷口景一朗、藤山真美子、吉本憲生、川中子枝里 +岩倉巧、中村亮太、小山内寛、青木 健、尹 智博


 

【応答文1】
可視化された「空気」、その先へ
(谷口景一朗)

2016年に開催されたParallel ProjectionsのSession 03に「デジタル」「シミュレーション」「BIM」「データ」などのキーワードのもと集まった私たち10組は、「デジタル技術がどのように設計のコミュニケーションを変えるか?」という命題に対して、今後ますます爆発的な増加が予想される建築を取り巻く情報といかに向き合うかという建築家としてのスタンスを問う議論を展開した。そして、情報との向き合い方として「ジェネライズ」「スペシャライズ」「ローカライズ」という3つの戦略を立て、マスな情報と特定の個人・地域との間で横断的に振る舞い、誰もが「自分事」として捉えられる建築を生み出すこと目指した「Googleが取りこぼした世界で」というタイトルの提言をまとめた。当時の議論では、デジタル技術の発展に伴う情報処理能力の向上が建築という(少なくとも固有の敷地に建つという点においては)一品生産の製品に与える影響に潜む可能性と危機感の両方を、各人がその比率の違いはあれ、おぼろげに共有していたように思う。

この議論から4年後の2020年にはCOVID-19感染流行が世界を席巻し、2021年現在でもその収束はまだまだ見通せない。このような情勢の中で、高精度なシミュレーションによる飛沫・エアロゾルの飛散の様子の可視化や携帯電話の位置情報というビッグデータを活用した繁華街の人出のモニタリングなど、デジタル技術によってフィルタリングされた情報が連日報道され、意識的・無意識にかかわらず人々の行動に影響を与えるような社会がもの凄いスピード感で到来した。もちろん、これまでもすでに様々なデジタル技術が社会活動の裏には潜んでいて多大な影響をひそかに与えてはいたのだが、突然それが表舞台に堂々と顔を出し、誰もが否応なしに受け入れざるを得ない状況が生まれてきたのである。建築の分野においても、これまで一般の方がほとんど気にしたことがなかったであろう「換気量(回数)」という用語が突如として市民権を得て、さらには空間の中での新鮮空気の分布といった、いわばマニアックなシミュレーションの依頼が私のチームにも昨年以降非常に多く舞い込んできており、COVID-19感染流行による社会の変化を経て、シミュレーションによる可視化に対する興味・関心がこれまでよりはるかに大きくなっていることを日々感じている。

ところで、私たちはシミュレーションによって可視化された情報に対する正しい振る舞いを十分に習得しているのであろうか。例えば、私たちが2016年の議論において、「ジェネライズ」の象徴として扱ったGoogleは、2020年8月からCOVID-19に関する予測サービス「COVID-19 Public Forecasts」を開始し、機械学習を用いた独自の計算式に基づいた日別の新規陽性者数・死亡者数などの予測値を公開している。このサービスをめぐるWeb上での議論を眺めてみるとどうやら「予測が大きく外れた」「全くアテにならない」といった論調が支配的である。しかし、シミュレーションによる予測についてその精度、当たったか外れたかだけを議論することはナンセンスであると私は考えている。なぜなら、例えば感染者数の推移を見て外出を控えるなど、シミュレーションによる予測が情報として発信された時点で情報を受け取った人には何らかの行動変容が生じているからである。建築設計におけるシミュレーション活用も同様であり、さらに言えばピーター=ポール・フェルベークが著書『技術の道徳化』の中で指摘した通り、建築設計自体が他者の行動に介入し、変容させる行為である。そうであるとすれば、2016年の私たちの議論ではあまり触れられなかったが、建築設計における明示的/暗黙的な情報の発信の在り方、そこへのデジタル技術の貢献の可能性および危うさの克服という視点から議論を展開することで初めて、当時のお題であった「設計のコミュニケーションを変えるか?」にきちんと回答できるのかもしれない。そんなことを改めて考えながら、現在、建築設計における情報発信に伴う人の行動変容に主眼を置いた設計・研究プロジェクトが進行中である。機会があれば、このプロジェクトの進捗についてまたどこかで報告したい。

最後に。本企画の担当委員である辻琢磨氏・川勝真一氏が2016年のParallel Projectionsでの取組みについてまとめた論考「建築は競争ではない」は当時かなりの議論を呼んだ。議論自体をここで振り返ることは紙面の余裕もないので控えるが、その中で建築家・藤村龍至氏が「塚本由晴氏らの世代が阪神大震災以後の世代としてネットワークを形成して東日本大震災後にアーキエイドで活躍したように、東日本大震災以後の世代がこの企画を通じてネットワークをつくっておくことが次の災害時の活躍につながるのではないか」といった趣旨の発言をされていたことを覚えている。もはや災害とも呼べるこのCOVID-19感染流行を目の当たりにし、私たちはどのようなアクションを起こせているだろうか。そして、個々のアクションを超えてネットワークとしての取組みに挑戦できているだろうか。たった5年、されど5年。Parallel Projectionsの成果として、私たち参加者一人一人のこれからの取組みが問われている。

谷口景一朗
1984年兵庫県生まれ。2009年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。2009~2016年日建設計を経て、2016年から東京大学大学院特任助教・スタジオノラ共同主宰。


 

【応答文2】
自然のプログラミング
(浜田晶則)

コンピュテーションは、ものを創造するときに発生する課題を解決するための機能的な道具であることを超えて、創造するときの思考の手がかりを与えてくれるものでもある。W・ブライアン・アーサーは、「テクノロジー」の本質を以下のように定義した。「テクノロジーとは自然の現象を編成し利用する、自然のプログラミングなのである。ゆえにその根底にあるのは自然である。深遠なる自然である。だがテクノロジーが自然だとは感じられないのだ。」(W・ブライアン・アーサー著『テクノロジーとイノベーション 進化/生成の理論』より)

「デジタル技術がどのように設計のコミュニケーションをかえるか」という問いに対して今はこう答えられるかもしれない。デジタル技術は自然のプログラミングとしてのテクノロジーである。デジタル技術によってより細やかに自然と建築をつなぐコミュニケーション手段になるだろう。

そして、建築はその物理的なハードウェアだけでなく、そこに「知能・知覚・駆動」のためのソフトウェアをインストールすることによってロボティクスのような進化を遂げるだろう。それはコンピュテーションを機能的にではなく創造的に用いることによってのみ達成されると考えている。建築を自然と不自然の二項対立を超えて二重性をもつ存在へとアップデートしていきたい。

浜田晶則
1984年生まれ、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了(千葉学研究室)。浜田晶則建築設計事務所代表。teamLab Architectsパートナー。

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