Session20 -設計の最適化が可能にする現代空間とは?-

2017 最適化環境空間性

日時:2017/10/22 17:00~18:00
会場:建築会館ホール
テーマ:設計の最適化が可能にする現代空間とは?
ゲストメンター:松川昌平|000studio主宰、慶應義塾大学環境情報学部准教授
登壇者:若林拓哉+伊藤祐介、喜多川颯馬、山田織部、河村衣里子、金田泰裕、森村佳浩、藤貴彰


 

【応答文1】
自己の写し鏡としての建築物はいかに生成可能か?
(若林拓哉)

参加当時、セッションの場に持ち寄ったのは「Personality Transcripts」という自主プロジェクトだった。これは「YG性格検査」という、性格特性を12項目に分類して定量的に分析を行う手法をベースに、Rhinoceros + Grasshopperを用いたパラメトリック・デザインによって形態を生成するプロジェクトである。建築は一般的に身体寸法に基づいて設計されるが、そこにこれまでとは別様な尺度、さながら心のスケールともいえる〈心態寸法〉を仮定し、人間を別のカタチで表現することを試みた。性格特性を反映させることで、個々人によって全く異なる様態が生み出される。それは自己の写し鏡として、建築をより身近に感じられるコミュニケーション・ツールとなることを企図していた。

振り返ると道半ばという感が否めないが、問題意識は現在も通底しているように思う。当時はいかに建築を建築のまま、人々に届けるかを模索していた。そして、重力と施工性という非人間的な合理性によって規定された水平垂直の空間に対する別様なアプローチを思考錯誤していた。その中で、フレデリック・キースラーの「エンドレスハウス」に着想を得ながら、現代において再考するに至った。より純粋に人間的な空間とは何なのだろうか? その一つの回答としてこのプロジェクトを思案したが、今なおそれを思考し続けている。

このプロジェクトに最も重要なのは入力から出力までのスピード感である。現代においてそれを一番実現可能なのは3Dプリンターだろう。しかしながら、現在の3Dプリンター技術をもってしても、「Personality Transcripts」によって生成された形態を建築物として実空間にアウトプットすることは、重力の制約から難しいと言える。だが、たとえばより泥臭く(文字通り土を用いて)、アンサンブル・スタジオの「トリュフ(La Trufa)」のように、土で型枠を成型したコンクリート造として造ることは可能かもしれない。また、水中3Dプリンターも存在する。一方で、パラメータの中に材料や色などを導入することもまた可能である。形態や素材から自由になった建築物はいったいどのような様相を呈するのだろうか?

もちろん建築物として造る場合、現行の建築基準法に則らせるのは容易なことではない。まずは仮設的だったり、屋内に什器的に制作したりするのが現実的だろう。昨今では、生分解性素材や再利用可能な3Dプリンター素材も出現している。一度作ったら終わりではなく、自己を反映した空間を幾度となくラピッドプロトタイピングし続けられる現実がすぐそこにある。

実空間でなくとも、すでにヴァーチャル空間では容易にアウトプット可能である。「Personality Transcripts」はあくまで3Dデータでしかないため、スケーラブルに変形させることができるからだ。現実ではまだ難しくとも、たとえばVR空間上であれば今すぐにでも体感できる。あるいはメタバース上へ接続することも可能だろう。自己の写し鏡としての建築とは、なんともアバター的ではないか。

そもそも設計の最適化とは何を指すのだろうか? 人間にとっての最適化か、あるいは社会、ひいては地球における最適化を意味するのだろうか? そしてそれはどのように求めることができるのか? 私は当時から記述可能性と記述不可能性の間を探求している。どこまで人間あるいは機械によって計算可能で、どこからその埒外になるのか。その不可能な領域にこそ美学を感じている。だからこそ計算するのである。「Personality Transcripts」は人間の〈心態〉に対する最適化を求め、その記述を試みたと言うことができよう。だが、その判断基準とは一体何なのか。誰にとっての最適化なのか。実はその価値決定は恣意的ではないだろうか。その事実こそが重要である。私たちは絶対的な価値基準を設定するというアポリアに立ち向かうのではなく、そもそも最適化の不可能性を受け止めるべきだろう。その時、〈高適化〉と価値決定の美学が立ち現れるのではないだろうか。何をもってそれを記述するかという価値基準は、記述不可能なのである。
その価値基準を創り出し、実空間/ヴァーチャル空間を問わずこの世に生成するのが、私たちの役目なのだろう。


若林拓哉

1991年神奈川県横浜市生まれ。2016年芝浦工業大学大学院西沢大良研究室卒業後、現在ウミネコアーキ代表。つばめ舎建築設計パートナー。


 

【応答文2】
改めて考える「設計の最適化が可能にする現代空間とは」
(森村佳浩)

・当日のこと
私が参加したセッションは「設計の最適化が可能にする現代空間とは」であった。討議の中で、最適化とは誰にとっての最適化なのかを議論したように記憶している。利用者のための最適化なのか、事業者のための最適化なのか、設計者のための最適化なのか、設計に参加する関係者の立場によって、様々なパラメーターが想定される。そこで設計における様々なパラメーターを「鍵(キー)」のように設定し、複数のキーを選定していくことで、アルゴリズミックに建物単体を生成する設計ツールを提案した。
 議論の終盤でゲストメンターの松川さんから、誰かのための「かち」に適合する「かたち」があるような最適化は想定できないのではないかと疑問を呈された。恐竜と人間でどちらが環境に適しているかという話と同じで、どちらが最適化されているか(なにが最適化なのか)というのは、それぞれの生存戦略の違いではないかと指摘を受け、当時はここで時間切れ。個人的には大きな宿題を預けられたような気持ちだった。
 また今思い返してみると、「設計の最適化」の議論に焦点があたり、それが「可能にする現代空間」についてはうまく議論できていなかったように思う。今回、応答文ということなので、改めて思い返しながらテーマについて考えてみたい。

・設計の最適化について
2017年のテーマは「動く、動かない」であった。私は、当時(今も)、物流倉庫の設計に多く取り組んでおり、テーマに興味をもって参加した。よってここでは物流倉庫を起点に設計の最適化を考えてみたい。
Amazonや楽天などの大手ECモールの台頭を背景に、当時から物流倉庫は建設ラッシュであった。その後のコロナの影響によるすごもり消費なども加えて、現在も物流倉庫の需要は増えている。人が動かなくなった(動けなくなった)分、モノを人々の元へ短距離・短時間で動かすために、拠点の整備が行われている。現在の物流倉庫では、倉庫内の作業は、コンベアで倉庫の各エリアへ運ばれたり、ロボットで仕分けをしたり、無人のフォークリフトが走っていたりと自動化が進んでいる。一方で倉庫の大型化も進み、働く人の環境の整備も求められ、コンビニや託児所が併設され、充実した休憩スペースや食堂スペースが設けられている物流倉庫も多い。このようなアメニティ空間をデザイナーや建築家が担当していることも多く見かけるようになった。もちろん環境への配慮も求められる。外資系の企業が入居する時は、LEEDの取得をしていることなどが前提の場合もある。大型のマルチ型といわれる物流倉庫は不動産の証券化もオフィスに次いで進んでいる。このように証券化を前提に、環境への配慮、BCPへの対応、働く人への配慮が行われ、大きくとらえると、どの大型物流倉庫もアメニティ空間が「デザインによる差別化」が行われていたとしても、仕様に大差がなく(もちろん保管物によって異なる点もある)、社会に求められる要望に対して最適化された設計が行われているといえると思う。

・設計の最適化が可能にする現代空間について
さて上記のような設計の最適化が可能にしている現代空間とはなにか。自動化された倉庫作業に最適化された設計を行っている倉庫空間。働く人のための快適なアメニティ空間。そのどちらも社会に求められる要望に対して最適化された現代空間と言えるかもしれないが、なんとなく個々の空間をとらえて、「設計の最適化が可能にする現代空間」とするのは違和感がある。その違和感はおそらく「設計」の対象が個々の空間だけを捉えるのは、物流倉庫においては、もはや難しいからだと思う。
 物流倉庫は大型物流センターで言えば高速道路のインターに近いことや、ラストワンマイルと言われる顧客にモノやサービスが届く最後の区間(接点)のための拠点など、立地条件がポイントになる。またそれらの拠点同士がシステムでつながれネットワークとなっている。私は、このような建物と建物が、何かしらのあるシステムでつながれ、現れているネットワーク空間こそが、現代空間と言えるのではないかと思う。またそうした建物単体では機能していない空間に興味がある。美術館や市庁舎など公共施設は、各都道府県にそれぞれあることが前提であり、建物単体で機能は成立する。しかし物流倉庫は建物単体で機能としては成立したとしても(倉庫の用途としては満たされたとしても)あまり意味がない。サプライチェーン全体の中で、建物が位置づけられなければならない。よって「設計」の対象が建物だけでなく、その背後にあるシステムやネットワークまでにおよんでしまう。

・これから
建物と建物が、何かしらのシステムでつながれ、現れているネットワーク空間とは、アフターデジタルと言われるような、オンラインとオフラインの境界がないような空間にイメージが近いと思う。むしろそうしたシステムやネットワークの接点として建物が生成されていると考えるべきではないだろうか。物流倉庫はそれが顕著に表れている例だと思う。
物理的な建物単体では捉えきれなくなり、その背景のシステムやネットワークまで、設計の対象が及んでいることを全体に、また改めて、当時のメンバーと「設計の最適化が可能にする現代空間」について議論してみたい。


森村佳浩

1985年生まれ、大阪市立大学大学院創造都市研究科修了後、現在、大和ハウス工業株式会社 勤務

TOPに戻る

Turn your phone

スマートフォン・タブレットを
縦方向に戻してください