セッション29 – リノベーションの新時代はアジアから拓くのか? –

2019 教育更新海外

 

このセッションではアジア発信のリノベーションの可能性を示したい。アジアは木造文化圏に属している。木造建築は、ヨーロッパに見られる石造建築の恒久的な存在とは異なり、腐食した部分を根継、躯体そのものを減築、建物を新たに付け足すような冗長的なリノベーションが可能である。そうした冗長的で仮設的なアジアの「移ろいの建築文化」の中にリノベーションの可能性をどのように見い出すことができるのか。また、アジア各国がグローバリゼーションによる経済成長を遂げている中で、個別の現象からみえてくる建築の歴史的・文化的価値を考えてみたい。

セッションリーダー:川井 操|滋賀県立大学環境科学部環境建築デザイン学科准教授
登壇者:池上 碧|池上建築設計事務所、富永秀俊|香港大学大学院 、大井鉄也|大井鉄也建築設計事務所、永岡武人|常民建築、中村睦美|Speelplaats、宮石悠平|グラフィソフトジャパン株式会社、下寺孝典|TAIYA

セッションリーダーへのインタビュー記事はこちら


 

【応答文1】
動的な世界を捕捉するための動的な建築的手法について
永岡武人

私が参加したパラレルセッションズ2019年の全体テーマは「メタなカタ」、その内の川井操さんをリーダーとするセッション29のテーマは「リノベーションの新時代はアジアから拓くのか?」であった。月日が経ち議論の詳細は朧げになってしまったが、今日まで受けた刺激が薄らぐことはない。当時のメモを見返しながら振り返ってみたい。

標題にある「アジア」や「リノベーション」といったキーワードはともに主語としては大きい。更にセッション当日テーブルを囲んだメンバーは青梅、宮城、京都、北京、台湾、香港、ハノイ、バンコク等と広範に渡り、それぞれのアジアで展開される研究・実践も多種多様であった。それらを網羅しつつ構造化し議論するのは困難を要する。しかし、各自の実践の紹介から始められた議論はテーマに沿いつつ、地に足のついた議論が展開されたように思う。ともすると急速な経済成長、あるいは制度の未整備な地域として郷愁の念を抱かせる少し離れた地アジアを連想してしまいがちだが、メンバーによる具体的なプレゼンテーションを通して各地の気候風土や文化、現況を基にした実践の地「アジア」及び「リノベーション」の意味するところが見えてくる。雑多な歴史的地区での改修案、リノベーションの歴史的事例研究、BIM情報が生み出す資産価値、香港民主化デモ、震災復興住宅、移動式屋台等々現在振り返っても興味深い内容だ(この難儀な標題が参加者の関心を引き繋いでいるのは間違いなかった)。

勝手に総括してしまうならば、標題のリノベーションとは狭義のそれに止まらず、時間を包含し調停しようとする積極的態度、及び建築的手法を指し、レンジはそれぞれながらも過去を継承する視点と未来を提示する勇気を持ち、生活を起点とした現在を構築していく。

その示唆がアジアにあるのだとすると、果たしてそれはなんであったのであろうか。多様な気候を有し、木造建築文化の発達しているアジアへと目を向け、その成果と背景を比較確認することは冗長性を有し動的環境に介入する術を模索する試みであり、同時に此処ではないアジアを切り口とすることで、明日の日本(も此処ではないアジアだ)に向けて視野を広げよという鼓舞であったかもしれない。

こう書いてしまうと多分に抽象的な議論が展開された印象を与えてしまうだろうが、実際には各自のプレゼンテーションでその地の環境に対峙した人々の息づかいが感じられる具体的な事例が示された上で議論が展開された。が、現在それを詳細に振り返ることは難しい。その後メンバーとの連絡は継続してはいないが、一定程度の態度を共有し、各自が持ち帰ったものは少なくなかったのではないかと思う。

昨年末、私は7年間勤めた常民建築を退職した。常民建築は住民自らの手で即興的建設を可能とする構法を開発し、日々の営みの中に介入し、定着させてしまおうというアプローチを採用しており、それらの活動を原住民集落の中に居を構え展開していたのは得難い経験となったのは間違いない。その一方、住民とのワークショップで物事を決めるようなことはせず、実際に手を動かしながら関係を構築していく。その現実的バランスの判断は経験豊富な謝英俊が下しており、私も建築する人間として独り立ちしたいとの思いが一層強くなりこの決断に至った。今後自分の居場所を構築しながら、他者の生産的主体性を引き出す取り組みを模索していきたいと考えている。

永岡武人
1984年広島県生まれ。2007年山口大学工学部感性デザイン工学科卒業。tecoLLC.、UAA北京(中国)を経て、2014年ー2020年常民建築(中国・台湾)勤務。


 

【応答文2】
歴史を紡ぐ建築 ~北京の雑院、青梅の擬洋風建築の改修~
(池上 碧)

 アジア有数の大都市、北京市の中心部には’胡同(フートン)’と呼ばれる明・清時代から続く旧市街地が現在も広範囲に存在している。筆者が北京の設計事務所、標準営造(ZAO/standardarchitecture)に在籍している2013年から5年間で携わった主なプロジェクトの多くはこの胡同のリノベーションであった。

当時、歴史的価値は高いが半分荒廃している胡同の扱いをどうすべきか、政府のみならず建築家さえもまだ模索中であった。何しろまだこの時点の中国は、街を丸ごと一つ破壊し新たに立て直すような大規模開発がピークを迎えていた時期であり、スクラップ・ビルドが当たり前で、胡同もその例にもれなかった。

胡同の街を作る四合院は住民の大量移入による分割化等の20世紀中頃の社会的混乱により、住民が中庭に増築を繰り返し’雑院’と呼ばれるようになった。中庭は非常に高密度で通風・採光が乏しくなり住環境悪化の原因となるため、改築する際この増築部分はほとんどの場合は何の躊躇もなく取り除かれていき、中世の四合院を再現した建物に様変わりしていった。

しかし我々はこの増築部分は各雑院で全く異なる多様な空間を作っていて、歴史的にとても重要なレイヤーであると考えた。これらの痕跡を活かすためにとった手法は保存・補修・改修・新築のコンバージョンであった。《微雑院(Micro Yuan’er)》(2016)は、かつては10世帯以上も住んでいた大規模な雑院で、現在は虫食い状に約半分は空き家になっているが残りはまだ住民が暮らしていた。この雑院を胡同に住む子供たちのための小さな子供図書館に改修、中庭に増築されたボリュームをフットプリントを変えずに階段を取り付け屋上空間を利用できるように再構築し、また既存の屋根の下に挿入したコンクリートの構造体は中国の伝統の墨汁を混ぜ色を変化させ周囲に馴染ませ読書スペースとした。

微雑院-中庭 © ZAO/standardarchitecture, 撮影:Su Shengliang

以上が2019年パラレルセッションに参加した際紹介したものである。その後筆者は独立し日本で最初のプロジェクト《シネマネコ》(2021)に携わる機会を得て帰国。筆者の北京での活動を見かけた青梅の実業家がこの地域の登録有形文化財に指定されている昭和10年以前建造の擬洋風木造建築を、小さな映画館へ改修したいというアイディアをもって相談に来てくれた。

この建物は青梅で繊維産業が盛んな頃、近代化のシンボルとして織物工場の敷地に建てられた旧繊維試験場である。産業が衰退してからは理髪店などの店舗として活用されていた時期もあり、計画開始時は単なる貸しスペースとして使われていた。柱・梁などの構造や外壁の装飾はほぼ当時のままであったが、塗装は30年前、サッシや室内の仕上げはここ15年以内に施されたものであった。また既存の柱のほぞ穴などから、間取りが複数回変更されていることがわかり、地域の人々に様々な形で使われ続けていたことがわかった。

建設当時のままの木造トラス構造の小屋組は、上映室やエントランスで現すこととした。また壁の内部には木摺と呼ばれる、現在ではほとんど使われることのない漆喰の下地材が眠っていることが明らかとなり、慎重に釘や腐食部分を取り除いてエントランスホールの内装材として再活用した。付着した漆喰や当時の材木商の刻印など様々な表情の豊かさが歴史的な積層に見えるよう整え、この建築の固有性を引き延ばした。また文化財関連の制限から外観は変えられず内側から耐震補強や断熱処理などを施し、これまでの改修履歴と同じように、外観をほとんど変えることなく用途と間取りを再構成した。

シネマネコ-エントランス©池上建築設計, 撮影:鈴木淳平

北京の胡同と日本の擬洋風建築は歴史の重みに差があるが、ともに歴史的な建造物であり、その扱われ方にも共通点がある。前述したとおり胡同は政府により20世紀の痕跡が一切取り除かれ中世の時代に戻ろうとして、擬洋風建築は建設された当時の姿のまま凍結保存するのが通例である。しかし現実にはこれらの建築は社会の変容とともに用途や所有の移行が行われ、それに従い形を変え続けてきた。竣工直後やその後のある一時期の状態だけに価値があるのではなく、各時代の建築の状態すべてが重要であり、将来的に改修する際もその連続的な歴史の一部となることが不可欠であると筆者は考える。

最後になるが「リノベーションの新時代はアジアから開くのか?」という壮大な問いに対し現時点で筆者に明確な答えがあるわけではないが、北京と青梅で得た貴重な経験を通し歴史的な建造物に眠る様々な社会背景の痕跡を尊重しながら紡いでいくということが、この問いのヒントになるのではないかと考えている。

 

池上 碧
2010年 東京理科大学工学部第一部建築学科卒業
2010~2018年 北京在住
2010〜2013年 北京新領域創成建築規劃設計有限公司 
2013〜2018年 標準営造  ZAO/standardarchitecture
2019年~    池上建築設計(現職)

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