セッション33 – ボランティアマインドは公共空間をどのように変えるか? –
1995年の阪神大震災と2011年の東日本大震災を経て、「個人」と「公」との距離感が大きく変化している。公的サービスを受ける受動的な態度から、個人から公共に資する活動を始める能動的な態度への変化、建築的なボランティアマインドの醸成である。「住み開き(すみびらき)」に代表されるように、近年、これまでプライベートとされてきた空間を公共にボランタリーに開放したり、商業的な採算を度外視し、広く誰でも利用できるパブリックなスペースを、個人や民間企業が整備するという事例が増加している。このように日本人に醸成され始めているボランティアマインドは建築を、公共空間をどのように変える可能性を持っているのか?また、そのようにして生まれたボランタリーな公共的空間をどのようにして持続させることができるのか?セッションを通して考えていきたい。
セッションリーダー:山口陽登|YAP
登壇者:井上 岳|シェア工房BONCHI in 茨城、前川 歩|国立文化財機構奈良文化財研究所研究員、近藤奈々子|木平と近藤建築事務所、水野茂朋|mizuno.design、須藤 剛|須藤剛建築設計事務所、吉永規夫|Office for Environment Architecture、市川竜吾|株式会社建築築事務所・首都大学東京
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【応答文1】
道徳と前衛
(前川歩)
2年前の議論で記憶はおぼろげだが、このことに気付いたことはとても鮮明に覚えている。それは次の2つのことである。ボランティアマインドとは不意にやってくる想定外のものであること、それゆえ計画性を批判する力をもつこと。以下、この気付きについて少し補足したい。
ボランティアマインドは、やってもやらなくても良いにも関わらず、やらざるを得ないようなこと、すなわち、ある衝動を伴った行動と捉えることができる。それは、例えば良い音楽や映画に出会ったときに、どうしても人に伝えたくなる衝動、それに近いものなのかもしれない。自分に見返りがないにも関わらず、そしてやってもやらなくても良いにも関わらず、行動をおこしてしまう。そんな自発的で、見返りを求めない精神が、ボランティアマインドの本質のひとつなのであろう。
しかし、その行動が必ずしも他者にとって良い働きをするとは限らない。すなわちボランティアマインドは、社会を動かす根幹のシステムとはなり得ない。よって制度が必要とされ、計画が生まれる。ボランティアマインドは計画に先行する。
さらに既存の計画を前にした時、ボランティアマインドはほとんど前衛のような存在であり、制度や計画に亀裂をもたらす。そしてボランティアマインドは、それらの計画にアップデートを要請する。そんな不意にやってくるボランティマインドを仮設的にいかに定着させることができるのか、ここにデザインが担う課題があるのだろう。
前川歩
1978年生まれ 大阪市立大学大学院修了。現在、国立文化財機構奈良文化財研究所 主任研究員。
【応答文2】
完結しない議論の先へ
(吉永規夫)
夏の誘惑に誘われて議論に行った思い出はあるが、何を議論したかの記憶はあまりない(私のただのメモリー不足なだけかも)。ただ、部活動の夏の合宿のように議論によって鍛えられた経験であった。それでは何が鍛え上げられたのだろうか。私は2019年「ボランティアマインドは公共空間をどのように変えるか?」2018年「都市の余白をランドスケープとして扱う方法とは?」2016年「日常の中に危機管理を埋め込む社会の仕組みは何か?」のセッションに参加している。議論を行ったのはコロナ前で今思うと平和な集まりだった。議論のテーマはどれも今のコロナ禍に通じることではあるが、そのような予見は全くできなかった。そのことを恥ずかしくも思うが、想像力の欠如ではない。過去をきちんと学習することで未来を想像することができる。同世代の仲間たちと議論を行い完結することなく、次の時代へ継承していく新たな創造行為としてのフロンティアが広がっていた。
吉永規夫
1980年大阪府生まれ、和歌山大学大学院修了、現在、Office for Environment Architecture主宰